98年参議院選挙 私感

以下は我々の私感なので軽く読んでください。


ちょっとした私見

自民党について

自民党は自民党は未だ選挙公約が無い。インターネットのHPを軽視しているのか?

民主党について

公明党について

公明党は温室効果ガスの規制策など環境保全重視といいながら、一方でマイカー税軽減を唱っている。矛盾はないのか。

「,、を図る。」,「,、を進める。」といった表現、進める行為は約束するが実現することは約束しない、といった感じの弱い表現が多い。達成目標を明確にできていない。


選挙率が低いのは政治家の責任?

そんなことはありません。低い方が政治家の思うツボです,低くていいのです、特に旧来の政治家にとって。

民主主義の基本は、多数決の原理です。100%を支配するのに51%の集団があれば支配できます。さらに、その集団の26%を支配することで、実際には100%を支配できます。 49%の無関心層を作り、残りの関心層の半分である26%を握る。政治家は26%だけに選挙運動を行えばよい。 もし100%の人が政治に関心を持つな らば、選挙運動はより広範囲に 行わなうことになり,疲れるばかり。当選したら行政を担当し、みんなから税金を集め、26%の人にだけ還元する。 それでその一部の人々の支持を確保すればよい。これを100%の人に還元 させようとしたら大変です。 平等性などいろいろと考えないといけない。

すでに26%を確保した政治家にとって、この現状を変える理由はありません。 (これから新規支持層を開拓しようとする政治家は別ですが。)

棄権票が多かった先の都議選において、 深夜のニュース番組は 「得票率ではなく、得票数でみるとどの政党も去年を下回っている。 だからのどう の政党も敗北なのだ。」と言っていました。 では誰が勝者? 有権者が勝者といいたいのでしょうか。

敗北者は棄権した都民です。勝者は、、、

では、なぜ棄権者、無関心層が多いのか。 マスコミが大きく関与しています。

マスコミはトップ以外の議員を叩きません。「XX法案は族議員の反対にあって否決された。」と報道しても 族議員の氏名を明記することはありません。記事内容は ”一部の政治家によ って良い改革が邪魔された”という論調です。 しかし邪魔した議員の名前は記載されません。そして”政治家は悪い奴だ、何をやっても失敗だ。”と記事にするだけで誰が悪くて誰がいいのか書きません。(首相だけは名指しで叩かれますが)

読者は「政界には族議員という、改革を遅らせる一団がいるのだ。」 と思うだけです。こんなふうに報道されたら普通の人はどう思うでしょう。「誰に投票していいのかわからない。 みんなダメな人? 誰に投票しても同じ? やる気なくなるなあ”」 こう思うのが普通の心理です。

現状の報道スタイルでは「名前は知らないが、至る所に悪い議員がいるのだ。」と 読者が思うだけです。もう一つ、ひどいことに、我々もこの現状に馴れてしまい、 政治家の欠点をあげつらった記事の方がウケてしまう状態です。

ウケる記事を書くのも自然です。

我々民衆が悪いのも確かです。

これを打破するには、やはりみんなが政治に関心を持つしかない。 結局は投票する人に利益は還元されるのです。