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これは光栄のSLGゲーム「信長の野望 将星録」がモトネタです。


桶狭間の前に

1560年 信長(プレーヤ) 対 今川

 

信長,今川氏の支城の岡崎城を攻める。四方を囲んで兵糧攻めにすること6ヶ月。

これで元康も我が手に落ちたなと思ったそのころ。岡崎の周りをうろつく今川の輸送部隊がいた。

からかい半分に捕らえてみると,その武将は叫んだ。

 

「何をする! まろを今川義元と知ってのことか!」

 

なんと! 捕らえたのは今川義元その人。おいおい、大名ともあろう人が直々に輸送部隊とは。

も少し考えてくれよ。

もちろん斬首。

「む、無念。海道一の弓取りと呼ばれた儂がリヤカーを曳いたチャルメラおじさんのような姿でうつけの信長に殺されるとは,、。桶狭間のほうがまだましだわい。」

 


姫武将登場

姫武将が登場した。大名の娘は12歳になると女として育てるか武将として育てるか選択できる。

親が信長だったので娘はとても優秀だ。農業商業なんでもこい。矢でも鉄砲でも大得意。これは武将にするしかない。翌月にさっそく戦場にお出ましだ。相手は強敵,島左近。

島左近 「女を相手にするのは自尊心が許さぬが、戦場となればいたしかなたい。」

姫 「私を女と思わずかかっていらっしゃい。」

なめてかかるどころか,やはり信長の娘は強い。島左近はあっと言う間に大苦戦。ここは計略しかない。

島左近 「姫様,どうか酒でもごゆるりと飲んでくだされ。」

姫 「わらわは故郷の酒しか飲まぬ!」

あんた,まだ12歳だろ!?

 


大友宗麟

1563年、薩摩の島津貴久(プレーヤ) 対 大友宗麟

薩摩の島津でプレーし、九州を席巻する。

残すは大分の府内城の大友氏のみ! 1年の兵糧攻めと脅迫によってついに大友宗麟は降伏し,配下武将となった。

そして九州統一の証として九州探題就任イベントが発生した。

島津貴久:「九州もついに統一した。これを機に私は九州探題を名乗ろうと思う。」

大友宗麟:「なんと貴久様が九州探題に! なにやらこれまでの苦労が報われたように思いまする。」

 

ばかもの!おまえの苦労って何じゃい。おまえが最後まで抵抗していたんだろうが。

 


えらいぞ道三

足利義輝(プレーヤ)対 斉藤道三

室町幕府再興を目指して義輝は驀進する。

ちなみにこの将軍、剣の達人でありまして、松永,三好の賊徒に襲われたときに

多数の家宝の刀を床に林立させ、襲ってくる輩を切りまくり,刀をとっかえては

切りまくった。という個人の戦闘力では史上最強将軍なのです。

次回の「修羅の刻」ではこの人が出るかも。

 

さて、室町幕府再興を目指して義輝は驀進する。

観音寺城に一人で立てこもる道三を四方を囲んで兵糧攻めにしてやったわさ。

1年もすればマムシの干物が出来上がるわい。

 

しかしそのとき信じられないことが起きた。

観音寺城で閉じこめられているはずの道三が美濃の正徳寺で尾張のバカ婿と対面するという

イベントが発生したのであった。

まるで手品で「こっちの箱にいた美女がいつのまにか、あっちの箱にいました」というやつである。

さすがはマムシの道三よ。ただものではない。

 

しかも道三はイベントの後、籠城中の観音寺城に戻っていたのであった。律儀な奴。えらいぞ道三。

 


 うつけ殿

1562年,桶狭間イベント発生。

,、、こうして信長は一世一代の奇襲攻撃によって今川義元を破った。以後、織田信長の名は瞬く間に全国に広まることとなる。もはや信長をうつけと呼ぶものはいなくなった,,,

桶狭間の後、信長(プレーヤ)はさっそく観音寺城の六角義賢を攻めた。こてんぱんに叩いた後,脅迫(降服勧告)の使者を送った。

使者:「六角家の命脈尽きる前に織田家の傘下に入られよ。」

義賢:「織田殿に伝えよ。貴様のような阿呆には屈服できぬ、とな。」

おのれ,六角義賢!ならば近江の浅井久政を攻撃だ。

 

使者:「浅井家の命脈尽きる前に織田家の傘下に入られよ。」

久政:「織田殿に伝えよ。貴様のような阿呆には屈服できぬ、とな。」

ならば美濃の斉藤道三へ。

 

使者:「斉藤家の命脈尽きる前に織田家の傘下に入られよ。」

道三:「織田殿に伝えよ。貴様のような阿呆には屈服できぬ、とな。」

 

なんと!桶狭間の後も日本中からうつけ呼ばわりされているではないか!

 


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