族議員って誰だ?

 

新聞には「XX会議で族議員の反対に遭い,議題は撤回された。族議員は排除すべきだ。」というような記事がみられるが、その族議員とは誰なのか書いていない。
それを書くと新聞社自身が記者クラブから排除され、取材ができなくなるからだろう。
しかし名前を公表しなければ排除できない。
 
情報公開法で,公的会議での発言の発言者と発言内容をすべてインターネットのホームページに記載すべきだ。
しかし、そうすると公的会議の前に私的会議が設けられ、その秘密の私的会議の場で議論と決定がなされ、公的会議は出来上がったシナリオ上の議論を演技する場となるだろう。私的会議で決定事項に反対した議員は公的会議では沈黙する。
 
しかし,そのような場合、出席して何も発言しないような議員には投票しなければよい。
そうすれば公的会議を公表しても議論を活発にせざるをえない。
「官庁の既得権益を保護する発言の議員を族議員と呼んで名前を公表しない。」,その一方的な扱いには反対である。まずその発言が単に官庁の既得権益の保護なのか、それとも正論なのか有権者には吟味する権利がある。

まとめ

情報公開をすれば政治は国民に近くなる。それは「国民と同じのレベル政治しか出来なくなる」とも言える。前述の議論は国民のレベル以下の議員の排除には役立つ。しかし国民のレベルを越えた政治家を排除することにもなり得る。国民に苦言を呈する議員は排除されかねない。

しかし、古から大臣は王様にこう言うのである。
「まずは民心を一つにし,国を富まし,備えを厚くしなされ。」
民心を一つにするためには苦言であっても国民に説明し,理解させねばならない。
理解させるには明快な論理が必要で,明快な論理には背景となる事実を公表せねばならない。
 
民心を一つにするには情報公開であろう。

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