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NO.87
上野駅「美紀基金」贈り主、インド孤児助けてと名乗り |
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□投稿者/ たろう -(2004/09/06(Mon) 18:24:35)
□U R L/ |
http://www.yomiuri.co.jp/main/news/20040906i508.htm
「40年前のお金の送り主は私です」――。 1964年(昭和39年)、「困った人に役立てて」と、東京・上野駅に匿名で寄せられた5000円から生まれた基金があった。 その名も「美紀たすけあい基金」。 「新発田(しばた)市 美紀」と記した送り主にちなんだ匿名の善意は、22年間にわたり、所持金を紛失するなど当座の持ち合わせがない乗客らを支えてきた。 長年の沈黙を破って名乗り出た元国鉄マンの男性は、「今度は私たちの活動を助けていただきたい」と、夫婦で取り組むインドのストリートチルドレン自立支援に協力を訴えている。
男性は、新潟県新発田市出身で、新潟市五十嵐東の片桐昭吾さん(68)。 1957年から86年まで、同県内で旧国鉄職員として勤務した。
寄付を思い立ったのは、大学の通信教育課程を受講していた際、毎夏の面接授業で上京し、苦学した経験がきっかけだった。
わずかな滞在費で40日余りを大学の教室で寝泊まりし、毎食コッペパンで食費を切りつめる日々。 だが、お盆の帰郷は、病気がちで高齢の両親に無心せざるを得なかった。
新発田駅の駅員となった後、当時の苦境を思い起こし、「お金がなく、古里にも帰るに帰れない人がいる。 北の玄関口である上野駅に集う人たちを助けたい」と考えたという。
「美紀」という名は、かつての文通相手で、神戸に住んでいた女性の名前にちなんでいた。 高校卒業後、就職難で求職中のころ、当時の焦燥感を詠んだ短歌を月刊誌に投稿して知り合った。 「ずいぶん励ましてくれた彼女に、感謝の思いを込めた」と片桐さんは打ち明ける。
片桐さんの5000円から始まった基金は、駅員のカンパや、金額以上の返済も手伝い10倍以上にもなり、利用は多いときで年間100件にも達した。 しかし、その後は年々減り、利用数が10件を切った86年に、基金は凍結された。 昨年9月、基金の残額だった約22万円は鉄道弘済会に寄付された。
片桐さんは現在、元小学校教諭の妻・和子さん(67)とNGO(民間活動団体)「教育と環境の『爽(さわやか)』企画室」を運営。 夫婦で訪れたことがあるインドのストリートチルドレンの自立支援を目指して昨年、現地NGOと連携し、宿泊施設や職業訓練所などを備えた「憩いの村」建設に着手した。
ところが、1400万円余りの必要資金のうち、メドがついたのは、私費と新潟県の補助金を合わせた580万円にとどまり、事業が頓挫しかねない状況という。 資金調達をと、昭吾さんは、夜間警備や介護サービス業務に、和子さんもバザーを開くなど腐心しているが、「採算が合わずに赤字続き。 限界を感じている」という。
昭吾さんは、「基金を美談で終えたい思いもあったが、支援活動も後には引けないのです」と話している。
教育と環境の「爽」企画室 http://www.nponiigata.jp/my_main.php?member_id=sawayaka-kikaku 〒950-2045 新潟県新潟市五十嵐東2-11-25 TEL:025-260-0568 FAX:025-260-0568 URL: E-mail:sawa@topaz.plala.or.jp 代表者:片桐 和子 担当者:代表/片桐 和子 |
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